大菩薩峠出版略史

 落語家で聞いたもののうちでは橘家円喬が断然優れていた。 浪花節で桃中軒雲右衛門も芸風の大きいことに於てずば抜けていた、剣道で旧幕生残りの人で僅かに心貝忠篤氏の硬骨振りが目に止まっているばかり。画家では芳崖も雅邦も玉章も見知らない、危険人物としては、幸徳秋水と大いに議論をしたことがある、まあそうい...

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犬養木堂

 犬養木堂は議会で見ただけであった、右掌を腮《あご》に、臂《ひじ》を卓上に左の手をズボンのかくしに突込んで、瘠《や》せこけたからだに眼を光らせて、馬鹿にしきった形で議会を見おろしていた処がなかなかよかった。 それから全く風采を見ない人であるけれども、同時代在野の政治家として、星亨ほどの人物は無いと...

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余輩の生れた明治十八年という年

 少々混線するが少し前に戻って、余輩の生れた明治十八年という年に、ビクトルユーゴーが死んだのも奇縁と云わば云える、余の生れは四月四日で、ユーゴーの死んだのは五月二十二日だから何かの因縁を結びつけるには相当の時間である、余輩を以て日本の馬琴に比するものはあるが、それは当を失している、余には作家としての...

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